広島県三次市の奥田元宋・小由女美術館で開催されている「木梨憲武展TOUCH SERENDIPITY意味ある偶然」を見に行きました。
同美術館で木梨憲武展が開催されるのは8年振り。入口に掲示されているボードにも木梨さん直筆の書き込みがありました。

8年前、2018年11月に行ったのが「 木梨憲武展Timing瞬間の光」です。コロナ禍前でこのブログもまだ始めていなかったんです。そんなに昔のような感じがしない…。もうすぐ50歳です、40代は早かった。
展覧会はゆっくりと見てまいりましょう。
黒い背景と黒い油性マジック。
木梨さんといえば油性マジックを画材の一つにしています。下書きなしに風景画をスケッチしたりしますね。黒い油性マジックだけで描かれた初期のセーヌ川は有名です。

静かな白と黒の世界ですが、パリの賑やかな様子もちゃんと伝わってきます。
ただ、私にとっては木梨作品のイメージは明るくカラフルです。
ところが会場を歩いていてパッと目が向いた作品があります。黒い背景の絵画たち。黒だからこそ、鮮やかな作品群の中で異彩を放っています。




最近、色々な展覧会に行くと背景だけでなく黒色が多く使われている作品が気になっているんです。なんでだろう(しばし自問自答)。
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???
ちょっと今はまだ自分でもその理由が分かりません。私の好きな色はオレンジ色なんですけど。そう、本展の図録も表紙が黒色です。シックで格好いい。
勝手に黒は木梨さんらしくないと思っていた先入観を改めました。アートの世界だけでなく、観る側が思い込みで持っている「◯◯らしさ」から外れる作品や表現ができることも、アーティストとして長くやっていく条件なのかもしれません。


「FRIENDS」シリーズより車がいっぱいで圧巻。


木梨さんはシリーズもので作品をいくつも制作されます。「FRIENDS」シリーズもその一つ。本作品は円形のボードですが、近づいて一部分を撮影しました。
はじめは、ありゃ何がくっついているんだ、と遠目では分かりません。少しずつ近づいて、トミカがびっしり(ミニカーというとトミカしか思いつかないのでトミカで書きます)。
こんなにたくさん貼りつけるなんてすごいなぁ、と思いながらだんだん心配になってきたことがあります。もしかしたら、レアで貴重なトミカもあるんじゃないかと。
それはそうと、トミカたちもまさか絵に貼り付けられるなんて思ってもみなかったことでしょう。もう惜しみなくくっ付けているようで、私ならコレは取っておこう、コレもちょっと保留だ、みたいに優柔不断になりそうです。大胆さも木梨さんの真骨頂。額縁にまではみ出している絵もありましたよ。

TOUCHが過ぎる。
第三会場には触ってもいいですよ、という作品がいくつか並んでいます。


立体作品は、うん、理解できます。
あと例えば家具系とか、ご自由に座ってくださいなどもよくありますね。
でも、今回は油絵もOKなものがありました。

その1枚ですが、さすがに驚きました。
触り方によっては絵の具が割れたり剥がれたりする危険性もあるだろうに。
TOUCHいいよ、と言われても慎重にそっと撫でる程度に触りました。
「旅」シリーズは、良い意味で自分のための作品にちがいない。
もう一つ楽しみにしていた作品群がNHKで放送された『憲武成美の南米・インカ夫婦道』内で描かれていた絵です。

ご夫婦で南米ペルーを旅し、マチュピチュやチチカカ湖を目指したドキュメンタリー番組です。キャンバスが持ち歩けるわけもなく、即興で手近にある段ボールに描いていたりしていました。この作品はマチュピチュまでの登山道を描いたものです。本当は夫婦二人で歩くはずが、安田成美さんが現地で体調を崩されてしまって木梨さんが単独で歩いて登ったときの記録です。

番組では二人で一緒にいるシーンばかりではなく、それぞれの興味や関心に応じてお一人ずつをカメラが追う場面もありました。テレビなのでもちろん完全な自然体とはいかないはずですが、ラフな会話や行動が垣間見えるところもありました。
他の作品でも現地の言葉を書き写したのか、正直なところ何が書いてあるのか分かりません。でも、これらはまずは本人が分かればいいのだと思います。誰かに見せるのが第一ではないのです。
一般の人が写真に残すのを、木梨さんは絵と言葉で残す。誰もが自分なりのやり方で旅の記憶を留めています。それをこっそり見させてもらったのです。
この言葉の置き方に似ているものは。
木梨さんの作品は色彩が鮮やかなため色に注目しがちですが、「旅」シリーズのように絵と文字を多用している作品もあります。

例えば、この作品。文字の向きも様々なのですべてを読み解くのは至難の業です。
この感じ、何かに似ていると図録の絵を眺めながら考えました。文章の上下が揃っていない、紙を回転させながら読む、「わかったぞ。この感じは寄せ書きの色紙に似ているのでは」。絶対に(と断言はできませんが)これは1日で書いたはずはありません。昨日の木梨さん、今日の木梨さん、明日の木梨さんが言葉を入れている。だから、寄せ書き。
ずっと見ていられる定義について。
「この絵、ずっと見ていられるんです」とアート番組とかで時折コメントされます。でも、人気の企画展では混み合っていて、とてもゆっくりじっくりと鑑賞できません。常設展示とかでは静かに絵と向き合える機会に恵まれることもありますが、それでも私の場合は長くても5分くらいかもしれません。
いったいこの「ずっと見ていられる」を定義、あるいは共通認識を統一させることはできるのでしょうか。
・何分以上なら「ずっと」と言えるのか。
・「ずっと見ていられる」絵の共通点はあるのか。
・「ずっと見ている」とき、いったい絵のどこを見ているのか。
私は木梨さんの作品を見ながら、「ずっと」そんなことを考えていました。
木梨作品にも細かい描写の絵、大胆な筆づかいの絵、造形の面白い立体作品、「ずっと見ていられる」だけでなく、「繰り返し見たい」作品に溢れていました。
木梨憲武展はそんなことを考えさせられる展覧会でもあるのでした。
※写真で紹介した作品で図録でタイトル・制作年が分かるものは明記しました。
『木梨憲武展 TOUCH SERENDIPITY 意味ある偶然』について

『木梨憲武展 TOUCH SERENDIPITY 意味ある偶然』
会期:2026年8月29日~10月11日
開館時間:9:30~17:00
休館日:毎週水曜日(9月23日は開館)、9月24日
場所:奥田元宋・小由女美術館
広島県三次市東酒屋町10453-6

